心療内科学
心療内科とは、こころとからだのいずれにもかたよらず病態を診て治療を行う内科です。診療対象は、心身症のうち内科領域のものが中心になります。心身症とは、ある疾患・病気のことを指すのではなく、身体の疾患・病気に心理的、社会的なできごとが強く関係している病態の呼称です。
実際に受診する患者さんで多い病気は、機能性ディスペプシア、過敏性腸症候群、気管支喘息、アトピー性皮膚炎、糖尿病、甲状腺機能亢進症、片頭痛、緊張型頭痛、めまい症、慢性筋骨格系疼痛、がん関連症状などです。
大学の外来には、診断治療の難しいありとあらゆる身体症状の患者さんが受診されており、それらを身体、心理、社会面を統合して理解し治療を行いますので、心療内科医は生物医学的な診断治療技能に加えて、心理社会面の診立てや治療法を習得することが必要です。講座では教育として、このような心療内科診療の専門教育を行い、研究として心身症の多面的な病態の研究を行っています。また、学部学生教育では全人的な捉え方が重要な臨床分野である、心療内科、プライマリーケア、緩和医療、行動科学、東洋医学、補完代替医療の教育を行っています。
心身相関の機序に迫る
心療内科学講座は、全国の大学でも8つしかない珍しい講座です。心身二元論において分割された生体の身体面と心理面の繋がりを表す心身相関という視点から、心身症の病態解明・治療法の確立を目指した学問です。心と体、中枢と末梢、機能性障害と器質性障害の間における相互作用として、機能性消化管障害における脳腸相関、慢性疼痛症候群や機能性身体症候群における疼痛閾値の変化といった病態を、自律神経機能の指標や脳波、知覚感受性検査、超音波検査、心理テストなどを用いて評価します。またこのような二者関係に注目する視点は、生体内での反応を越えて個人と個人の間の社会的関係にも応用可能であり、診療場面での会話データから医師・患者関係の質的研究を進めています。カラダとココロの関連は医学の分野でまだまだ未知であり、やりがいのある領域です。この2つはつながっていると考えることで医療の大きな前進が生まれてくるような、そんな研究をこれからも積み重ねていきます。
現在の研究テーマ
身体症状の中には、心理社会的要因の関与によって客観的に評価可能な程度を超えて重篤化・長期化するものがあります。機能性消化管障害や線維筋痛症などがこれに該当することが多く、後述するような多因子の介在を想定しながら評価を進めています。また一方で、機能性身体症候群や慢性疼痛症候群のように、個々の疾患名の枠にとどまらずに類似した病態を持つ症候群としてとらえることで、共通する特徴を明らかにしようとする研究も注目されています。このような個別性と一般性の双方の視点から、心身症の解明を目指しています。
中枢レベルの痛覚過敏性を数値化
特に慢性化した疼痛症状では、末梢組織での器質的異常のみならず、中枢レベルでの知覚感受性の亢進という機能障害が病態構築に重要な役割を果たします。これは、非障害部位における経皮的刺激への反応を計測する定量的知覚試験によって疼痛閾値として測定可能であり、症状の強さや病悩期間の長さのみならず、不安や緊張といった陰性感情による疼痛閾値の低下が指摘されています。我々は、心理的葛藤が身体症状に転換されやすいような心理特性や心気性の高さは、逆に疼痛閾値の上昇と関連することを報告しており、様々な要因との関連で変動する疼痛閾値が、複雑な中枢性病態の指標になると考えています。
自律神経の多角的評価を診断・治療へ活用
生体恒常性の維持には、自律神経機能が大きな役割を果たしています。心電図R-R間隔のゆらぎを解析する心拍変動や筋電図、唾液アミラーゼなどを用いて、これを静的・動的に多角的に評価する方法を私たちは確立しています。ストレッサーに対する自律神経活動の反応性から機能性身体症候群の病態分類が可能であることや、機能性ディスペプシアにおける胃蠕動運動リズム異常、線維筋痛症における筋電位・皮膚温・スキンコンダクタンスの左右非対称性が自律神経機能不全の客観的指標となることを報告しています。また治療領域でも、自律訓練法というリラクセーション法導入時の交感神経機能と気分の関連を明らかにしています。
治療・ケアの相互作用評価
個人内・個人間の相互作用は、評価にとどまらず治療・ケアでも活用ができます。心拍変動といった内的生理反応を用いて、これをリアルタイムに相互評価する方法を私たちは確立しています。がん患者やその家族介護者等を対象に、手を握る行為、共食といったケアの相互作用を多軸評価で報告しています。最近は、応用として共鳴現象の評価、筋筋膜性疼痛治療での相互作用の活用、表情分析、超音波検査といった外的表出反応を用いる方法の確立を目指しています。
日常臨床で活用できるプラセボ効果の体系化
心身医学の診療においてプラセボ効果は大きな役割を果たしています。私たちは、このプラセボ効果を意識的に日常臨床で活用できるよう、超音波画像を用いた視覚的フィードバック及び、リラクセーションや神経ブロックを用いた体験的フィードバックによる期待度を活用した治療を開発し、それぞれ報告しています。最近は、ニーズの高いがん領域でのメディカルスタッフ連携のもとでのプラセボ・ノセボ効果の活用を客観的に評価する取り組みを行っています。
マルチレベルの行動医学の展開と開発
早期からの緩和医療として、痛み、不眠、QOL低下の改善を目指した非薬物的治療の開発をシステマティックに行っています。特に、心拍変動バイオフィードバック、共鳴呼吸法、家族ケアを用いた行動医学的アプローチに関する報告を複数報告しています。社会実装に向けて、医工連携のもとに完全在宅型のシステムを構築できるように開発しています。また、がん患者の痛み、不眠などの症状緩和の選択肢を増やすために、複数のプラセボRCT試験や基盤研究を行い、幾つかのガイドライン収載を果たしています。
情動・認知と身体症状の双方向的関与
抑うつ感や破局的思考、コヒアレンス感(首尾一貫感覚)など多くの心理特性が、身体症状に関連する要因として検討されており、私たちは心理テストを用いて慢性疼痛症候群の心理特性や、手を繋いだ状態での介護者の心理状態と被介護者の胃運動の関連を明らかにしています。また疫学研究では、総合診療科を受診する患者の3割には、身体症状に心理要因が密接に関与している心身症の病態を確認しています。さらに内受容感覚や失感情症という自身の身体感覚・感情への気付きやすさを示す認知特性も重要であり、失感情症傾向と知覚感受性の関連や、自己爽快ペースでのエクササイズ実施時における脳波と気分の関連も報告しています。
会話分析による医師・患者関係の客観的評価
対人関係も、情動や認知に影響を与えて身体症状の形成に関与する重要な要因となります。医療面接での会話記録から質的な分析を行っており、診療開始場面で医療者の発する閉鎖型質問にみられる開放型質問とは異なる働きや、医療者の提示する共感的態度を患者さんが受領しない際の応答を、両者の相互行為から明らかにしています。本手法では、このような質的検討から量的研究に応用していくことも可能です。
研究業績