法医学
法医学とは法律上問題となる(裁判等で争点となる)医学的事項に関して助言を与え法律の公正な運用を助けることを使命とする医学の一分野で、法治国家に不可欠な学問領域です。そこで法医学講座では、大阪府下の大学周辺地域の司法解剖等を大阪府警や大阪地方検察庁の依頼で請け負っており、死因や受傷状況、凶器の種類、死亡推定時刻や受傷推定時刻、個人識別のための医学的特徴の鑑定などを実施しています。
そのような鑑定業務に関連する法医学の内容について、本学の4学年で講義を行っています。
法医学鑑定の教育・研究・実務を通して社会に貢献する
法医学講座では司法解剖などの鑑定を司法当局より依頼されています。大阪府下の9警察署の管轄区域内の事件を担当し、多い年でかつては年80件前後の解剖を行いましたが、最近は監視カメラの普及によって事前に事件性の有無が判別でき、件数は漸減傾向にあります。法医学講座では各種鑑定法の開発や検討を研究対象としています。法遺伝学分野ではDNA型鑑定法の研究を継続しており、次世代シークエンサーを導入して精力的に研究を進めています。法医中毒学分野では液体クロマトグラフ・トリプル四重極型質量分析計を導入し、薬毒物の微量高感度分析を行うとともに、危険ドラッグである合成カンナビノイドの薬物動態の研究を行っています。社会から死亡事故・事件がなくならない限り、法医学の教育や研究は法治国家に不可欠です。大学の社会貢献の一環としても、法医学講座の継続・発展が望まれています。
現在の研究テーマ
DNAメチル化解析による死亡時年齢の推定
死亡時年齢が判明している外因死の解剖症例94例の血液を試料とし、次世代シークエンンサーIon PGM Systemを用いてメチル化解析を行なっています。ターゲットとした遺伝子は、C1orf1、CCDC10、ELOVL2、FHL2、SLC6A4、TRIM59、KLF14、F5、ASPA、PDE4Cの計10遺伝子、各CpG部位におけるメチル化率を算出し、重回帰分析によって推定年齢を検討したところ、3遺伝子16カ所のメチル化部位の情報を用いることで、修正済決定係数は0.872(標準偏差8.68)という結果が得られています。
乳幼児突然死例におけるepigenome-wide association解析
乳幼児突然死の診断基準を確立するために、次世代シークエンサーを用いて全ゲノムをカバーする86万か所のCpG部位におけるメチル化解析を行っています。その結果、突然死例とそれ以外の死因例との間では複数の部位においてメチル化率に違いがみられました。今後例数を増やすことで、より正確な診断方法が確立できるものと思われます。
次世代シークエンサーの法医学的応用
日本人試料を用いて859種類のY染色体上single nucleotide polymorphism(SNP)マーカーの遺伝子頻度の分布を調べました。早期再分極症候群が疑われた心臓突然死例のmolecular autopsy(解剖遺体の死因に関する遺伝学的素因の検索)も行っています。いずれも次世代シークエンサーの一つであるGene Studio S5 Systemを用いる最新の解析方法で、一度に大量の多型マーカーを解析することで得られた結果です。
DNA鑑定における微量・混合試料の統計学的解析手法の開発
DNA鑑定で扱う試料は一般の科学実験とは異なり、DNAが極微量である場合や、複数人のDNAが混合した試料である場合が多いです。このため、試料のDNAが事件の被疑者や被害者などに由来するか否かがしばしば問題となります。この問題を解決するため、DNA鑑定の検査結果を統計学的に解析するための専用ソフトウェアの開発および検証を進めています。
大規模災害時のDNA鑑定における血縁者スクリーニングソフトウェアの開発
大規模災害時には、DNA鑑定による身元特定が求められます。しかし、多数の遺体・遺族から該当する血縁者を探し出すには、多大な時間を要します。また、遺体の試料の経年劣化により、DNA型が十分に検出されないこともあります。これらの問題を解決するために、血縁者をスクリーニングする専用ソフトウェアの開発および検証を進めています。
合成カンナビノイドの体内分布の解明
危険ドラッグの主要な成分である合成カンナビノイドは、その化学構造が多種多様であり、乱用者における有害作用の発現については未解明の部分が多く残されています。未変化体や代謝物の体内分布の解明は、乱用者の取締りや中毒死例における死因究明に重要であることから、合成カンナビノイド投与マウスにおける各臓器組織の質量顕微鏡像を測定し、化学構造の違いと体内分布の関係について検討を行っています。
合成カンナビノイドの薬物動態とカタレプシー発現との関連性の解明
危険ドラッグとして乱用される合成カンナビノイドをマウスに投与して血中と脳内の薬物動態を比較検討し、さらに代表的な有害作用であるカタレプシーを指標として、薬物動態の違いがカタレプシー惹起作用にどのように影響するか解明すべく研究を行っています。その結果、薬物が血中から消失した後も脳内に残存してカタレプシーを引き起こしている可能性が示唆されています。
研究業績