眼科学
眼科学は眼球とその付属器の疾患についての病態解明、診断・治療を行う学問です。当講座では、すべての眼疾患に対して高い専門性をもって正確、確実な診療と研究を行っています。
〇眼科学講座における診療
当講座では、網膜硝子体(糖尿病網膜症、網膜静脈閉塞、網膜剥離、黄斑円孔、網膜前膜、などの疾患)、黄斑(加齢黄班変性、中心性漿液性脈絡網膜症などの疾患)、ぶどう膜炎、緑内障、角膜、小児・斜視弱視、涙道、ロービジョン、眼腫瘍の特殊外来を設けています。これらの特殊分野別にカンファレンスを定期的に行い、高い専門性をもって確実な診断・治療を行っています。附属病院(枚方)、総合医療センター(滝井)、香里病院の三病院にて計約5500件/年と、全国でも有数の手術数となっています。当講座は、特に網膜硝子体疾患・黄斑疾患を専門としており、近年のテクノロジーの進歩に伴って飛躍的に性能が向上した最新の各種器械(手術器械、光干渉断層計、光干渉断層血管撮影)を駆使して診療にあたっています。
〇眼科学講座における研究
1.リバーストランスレーショナルリサーチを意識した臨床研究
豊富な臨床例からの経験を基とした臨床研究を行っています。
網膜硝子体疾患に対する臨床研究
テクノロジーの進歩に伴い、網膜硝子体疾患に対する眼科手術の安全性および術成績は飛躍的に向上しています。一方で、病態が未解明である疾患や、外科手術を含めた集学的治療によっても治療が困難な疾患は依然として存在します。関西医科大学では、これらの網膜硝子体疾患に対する治療を常に「科学」し続けています。日々感じる「クリニカルクエスチョン」を丁寧に掬い上げ、一つ一つ臨床研究を通して、必要であれば基礎研究を通して、まさにリバーストランスレーショナルリサーチを強く意識し、新しい治療法や周術期管理法の開発を目指して、日々臨床にあたっています。
黄斑疾患に対する臨床研究
加齢黄斑変性の治療に関する臨床研究:滲出型加齢黄斑変性の脈絡膜新生血管に対する分子標的薬による治療が眼科臨床に導入されてから15年が経過しましたが、本疾患に罹患する高齢者の増加から、いかに少ない治療回数で長期にわたり視力を保つかが課題となっています。私たちはその中で関西医大式modified treat and extend法という治療レジメンを考案し、改善した視力を保ちながら治療回数を減少することに成功し、わが国においてこの投与方法が普及しつつあります。また、新規薬剤に関する国際共同試験にも積極的に参加し、最新の治療を提供できるように努めています。今のところ加齢黄斑変性を完全に治す薬剤はなく、その治療は長期にわたりますが、これまでの臨床研究を基に安全で最適な治療を提供しています。
緑内障に対する臨床研究
緑内障手術は大きく分けて、流出路再建術および濾過手術の2つに大別されます。関西医科大学眼科は多数の緑内障手術件数を行っています。近年、流出路再建術および濾過手術方法は大きく変化しています。流出路再建術は、以前は眼外法による線維柱帯切開術のみでしたが、現在は様々な手術デバイス(iStent, Kahook Dual Blade, microhookなど)による眼内法における流出路再建術があります。また、濾過手術についても以前は線維柱帯切除術のみでしたが、現在は様々な手術デバイス(Baerveldt, Ahmed, PRESERFLOなど)による濾過手術があります。関西医科大学緑内障チームでは、これら多数の選択肢がある流出路再建術および濾過手術について臨床研究を行い、そのフィードバックから得られたデータを基に緑内障患者様に最も適切な緑内障手術方法を提案しております。
角膜疾患に対する臨床研究
角膜グループでは、感染性、非感染性の疾患を幅広く診療しています。感染症に対しては、塗抹・培養検査からPCRまで駆使して、抗菌薬を適切に使用し、また場合によっては自家調整点眼も駆使して透明治癒を目指します。この感染症の治療に最も必要なものは抗菌薬ですが、この抗菌薬を適切に使わないと、耐性菌を生み出すことが世界的な問題となっています。現在、抗菌薬の有効な投与法の確立を含め、角膜疾患の病態・病因の解明に基づく治療法を開発するために、以下の臨床研究を進めています。
➀ 抗菌点眼薬予防投与の反復による結膜・鼻腔常在菌の変化の解析
② 涙道感染性疾患による角膜潰瘍発症の臨床的特徴とその機序の解明
③ 眼感染性疾患(眼内炎含む)における起因菌検出に関する研究
④ 抗菌薬が有効でない眼感染性疾患(眼部帯状疱疹やアカントアメーバ)の臨床特徴と治療法の確立
⑤ 兎眼、三叉神経麻痺など易感染性状態における治療法の開発
⑥ 感染性疾患の診断・治療予後については、日本眼感染症学会主導の共同研究も進めています。
一方、非感染性の疾患では、アレルギーやアトピーに伴う角膜障害、モーレン潰瘍やGVHD(移植片対宿主病)、眼表面腫瘍などは、それぞれ皮膚科、膠原病内科、血液腫瘍内科、放射線科などと密に連携し、治療に努めます。非感染性疾患についても、より的確な治療を目指し、結膜リンパ腫および若年炎症性母斑の治療予後の検討などの臨床研究を遂行中です。
2.トランスレーショナルリサーチを意識した基礎研究
病態解明や治療などの「臨床に直結するテーマ」を中心に基礎研究を行っています
滲出型加齢黄斑変性に関する動物研究
滲出型加齢黄斑変性 (age-related macular degeneration: AMD)の主病変である脈絡膜新生血管(choroidal neovascularization: CNV)の発生には様々な因子が関与しています。血管内皮細胞増殖因子(vascular endothelial growth factor: VEGF)はその中でも特に注目され、抗VEGF抗体による治療がAMD治療の中心となっています。しかし一方で、抗VEGF療法が無効な症例や、治療効果に乏しい抵抗例が一定数見られ、我々は線維芽細胞増殖因子2(basic fibroblast growth factor 2 : FGF2)に着目していました。VEGFが注目される以前から、FGF2はCNVの発生や成熟、退縮に寄与するという報告が多数ありますが、詳細は未だに不明確な点が多いです。FGF2がCNVのあらゆる過程 (発生・発育・退縮) で密接に関係があるものの、同一個体での継時的な変化の検討がなされていないことが、研究の障壁として挙げられます。当研究室は、遺伝子改変によってFGF2を網膜視細胞のみに発現するモデルマウス(以下、FGF2-tg)を保有しています。また、動物専用の光干渉断層血管撮影機器(optical coherence tomography angiography;OCTA)を有しています。OCTAは非侵襲的に血管を撮像することができるため、同一個体での継時的な変化を観察できる画期的な機器です。本研究はこれらを活用し、FGF2-tgでレーザーを用いたAMDマウスモデルを作成後OCTAで撮影し、野生型マウスと比較しました。FGF2の血管への作用は、新生血管の成長過程のどのタイミングで作用するかにより大きく変わってくることを同一個体で継時的に観察し、明らかにしました。今後は、患者の血管の状態に応じたオーダーメイドかつ、抗VEGF療法一辺倒の現状を打破する新たな治療法の開発が期待されます。
未熟児網膜症に関する動物研究
未熟児網膜症は、未熟児における視覚障害の主要な原因であり、網膜血管の発育が終了していない早産児への高酸素投与によって正常な血管発育が阻害され、無血管領域から血管内皮増殖因子(VEGF: Vascular Endothelial Growth Factor)が発現することで異常な網膜血管が誘発されることを特徴とします。現在、未熟児網膜症の治療にはレーザー光凝固や抗VEGF薬注射が用いられていますが、これらは対処療法であり根本治療ではありません。私たちの研究では、血小板由来成長因子-A(PDGF-A: Platelet-Derived Growth Factor-A)発現遺伝子改変マウスを用いて新たな治療法のアプローチを探りました。PDGF-Aはアストロサイトの発現を増強することが知られており、アストロサイトは正常な血管成長の鋳型となり、血管とユニットを形成します。この遺伝子改変マウスを用いた未熟児網膜症モデルでは、野生型マウスよりも顕著に血管退縮の抑制が確認されました。この成果は、PDGF-AがROPの新たな治療標的となる可能性を示しています。今後、PDGF-Aを基盤とした治療法の開発が期待されます。
Reis-Bücklers角膜ジストロフィを中心としたTGFBI関連角膜ジストロフィの新規治療法の開発
TGFBI関連角膜ジストロフィは常染色体優性遺伝形式をとる遺伝性疾患であり、本邦における有病率はおよそ1万人に3人です。この疾患では、角膜に不要なタンパク質が蓄積するために、視力低下が生じます。このTGFBI関連角膜ジストロフィの中でもRBCD (Reis-Bücklers corneal dystrophy; R124L)は幼少期より発症し、角膜が濁り、視力が低下することが知られています。
現行のRBCDに対する治療法としては、レーザーによる角膜切除、角膜電気分解および表層角膜移植術などが行われていますが、その効果は限定的であり対症療法の域を出ません。現在、我々は、このRBCDに焦点をあて、病態解析を進めています。具体的には関西医科大学iPS幹細胞・再生医学講座(人見浩史教授)との共同研究として、TGFBI遺伝子変異によって引き起こされる角膜ジストロフィ患者よりiPS細胞を樹立し、分化誘導した眼オルガノイドを用いて、その病態を再現することで、発症機構の解明および新規治療法の開発を目指しています。
研究業績