麻酔科学
多角的な臨床研究・基礎研究により患者管理技術のさらなる向上を目指す
患者を眠らせて外科手術の遂行を可能にするという目的で生まれた麻酔という医療行為は、程なく様々な経験や研究の積み重ねにより医学の1分野として急速に発展しました。麻酔の3要素である鎮静・鎮痛・筋弛緩を駆使し、各種モニタリングで全身状態を把握した上で適切な管理を行って周術期の患者さんの安全を担保するいわゆる手術麻酔管理学に加え、麻酔管理技術を重症患者管理に応用することにより集中治療医学が、また局所麻酔法を疼痛の治療に応用することにより疼痛治療医学(ペインクリニック)が各々派生しました。これらが基礎科学の進歩や工学技術の発展などにより日々新しい進歩を遂げ、現在の麻酔科学の主柱となっています。麻酔科学講座ではこういった各領域の発展に寄与するため多角的な臨床研究・基礎研究に取り組み、患者管理技術のさらなる向上を目指しています。
現在の研究テーマ
敗血症に関する研究
敗血症は死亡率が高い病態であり、基礎研究のみではなく臨床研究が社会的・医学的に貢献する領域として注目されています。豊富な敗血症診療の経験とデータが蓄積されており、統計学的手法を駆使し患者予後改善につながる研究を目指しています。
具体的には血液データから臓器予後を予測し、また生存分析を用いて人工呼吸管理などの臓器サポートの患者予後に対する影響を明らかにしていきます。
多施設診療情報データを用いた疫学的研究
診療情報データベースは近年、疫学的研究を行うために積極的に利用されています。本講座は特にDPC(Diagnosis Procedure Combination)データを用いた研究を行う経験が豊富にあります。このデータベースを用いて集中治療のみならず麻酔領域も広くカバーして研究を行うことが可能です。研究の立案からデータ解析、論文作成に至るまで遂行できる人材の育成が求められており、臨床医として、さらにデータサイエンティストとして臨床・研究を行うことができることを目標にしています。
集中治療症例におけるDonabedian modelに基づいた臨床転帰について多変量解析・生存分析を用いて明らかにする、心臓手術などハイリスク手術における臨床転帰についての疫学研究を行う、など新たなエビデンス構築に取り組みます。
ラット脳死モデルを用いた心機能保護に関する研究
人口の高齢化や医学の進歩に伴って、心不全患者など心移植待機患者の数は増加しており、ドナー臓器の不足が深刻な問題になっています。脳死の際にはカテコラミンの大量放出に伴う心筋への負担、サイトカインの大量に分泌にひきつづく炎症反応の賦活などにより心筋が障害され、ドナー心臓が移植用のグラフトとして使用できなくなることも少なくありません。心臓を始めとする主要臓器の機能を温存するために、脳死患者の全身管理法を確立することは移植医療の発展のため急務であると考えます。当教室ではラットの脳死モデルを確立しており、心腔内圧容量曲線の測定による心機能解析・心筋組織のウエスタンブロッティングによる各種シグナル蛋白の定量などを行い、脳死後の心筋障害のメカニズムを明らかにしようとしています。また、全身管理法の改善や各種薬剤投与などにより心筋障害を防ぐ方策を検討しています。
鎮静レベルでの脳波変化の解明と鎮静モニターの開発
麻酔中には脳波の振幅は覚醒時よりも大きくなること、筋弛緩薬により筋電図(EMG)の混入が抑制されることなどからシグナル/ノイズ比(S/N比)の高い脳波信号が得やすく,脳波による麻酔効果判定は比較的容易になってきました。一方、集中治療室での鎮静や検査・処置時の鎮静の際には脳波にEMGが混入しやすく,また脳波の振幅も全身麻酔中と比較して小さくなるためS/N比は著しく低下し脳波信号から鎮静度を評価することが困難でした。私たちは多チャンネルの信号の下に隠された独立成分を統計学的に算出する方法としての独立成分分(ICA;independent component analysis)を脳波に応用することにより、多チャンネル脳波から得られた独立成分のうちノイズの成分のみを除去して再構築し、鎮静時の脳波変化を詳細に検討できるモニターの開発に取り組んでいます。現在使用されている麻酔モニターは前頭導出の脳波のみを用いていますが,多チャンネル脳波では前頭導出だけでなく頭頂や後頭導出の脳波も同時計測することができるため、鎮静や覚醒のレベルについてこれまでよりも精度の高いモニターとすることができると考えています。
その他
臨床研究として臨床統計学を用いた患者予後に対する各種因子の影響の検討(分娩・産褥期凝固障害における濃縮フィブリノゲン製剤使用患者の入院経過に関する調査検討、大動脈弁狭窄症の大動脈弁置換術と経カテーテル的大動脈弁置換術におけるHospital Volume-Outcome研究、開腹手術と比較した腹腔鏡下肝臓切除術または膵臓切除術における退院時転帰に及ぼす要因の検討、傾向スコア分析を用いた大動脈弁狭窄症の大動脈弁置換術と経カテーテル的大動脈弁置換術の退院時転帰についての疫学研究など)、周術期鎮痛における各種伝達麻酔の有用性の検討(超音波ガイド下側方アプローチ坐骨神経ブロックの有効性についての研究など)を行っています。
研究業績